海外で生活をすると、
日本人は本当に様々な概念に縛られているということに気づきます。
「学生だから」
「30を越えると〇〇〇」
「子どもを産むと〇〇〇」
「男だから」
「立場が〇〇だから」
もちろん日本で生きていくにあたって、とても大事なこともあります。
でも、日本では当たり前のその常識が、
海外では大して気にすることでもなかったと思えたりするんです。
今日はオーストラリアでカルチャーショックを受けた2つのお話をご紹介します。
傘をささない外国人
オーストラリアのケアンズに住んでいた時のこと。
紫外線が強烈なオーストラリアでは、
渡豪した当初は日傘をさしていました。
でも晴れている日に日傘をさしているのなんて、
観光中の日本人か韓国人ぐらいです。
そんな中、日傘をさしていると異様に目立ち、
「また小梅が雨でもないのに傘をさしてるぞー(笑)」
と言われるので、私は日傘をささなくなり、
大きな帽子や上着で肌を隠すようになりました。
そう、何を隠そう私は日光アレルギーがあり、
日に当たり過ぎると皮膚に水疱ができるのです。
なんでそれでケアンズに住んでるの。。と何度も言われましたけど。(笑)
私はその日、ケアンズ市内をフランス人の男友達と歩いていました。
雨が降ってきたので、持っていた傘をさした時にその友達が
「このぐらいの雨でなんで傘をさしてるの?」
と聞かれました。私は、
「え、だって濡れるでしょう?」と答えると、
その子は衝撃の一言を私に放ちました。
「え?だって、水だよ??」
!!!!!!!?
た、確かにそうだね。(笑)
(日本)
濡れる→みっともない、風邪をひく、湿気多めで乾きにくい→傘をささなければ。
(海外)
濡れる→だから何?、東洋人より体温高めで濡れることに強い、乾きやすい→さす必要ある?
ざっくり言ってこんなところでしょうか。(笑)
確かにケアンズに住む人は、傘を全くと言っていい程さしません。
雨が降る時はざざっと降るのでみんなのんびり雨宿り。
あとは特に男性は裸足、短パン、Tシャツ(時には上半身裸)で歩いているので、
雨が降ろうと関係なく外を歩き回るオーストラリア人。
そしてケアンズは温かいですし、雨季を除く季節はからっとしているので、
濡れても大したことはなく、簡単に乾いてしまうのです。
調べてみると、ヨーロッパの様々な国も、
理由に差はあれどあまり傘を差さないようですね。
その衝撃の一言を受けた私は、
日傘だけではなく、
オーストラリアでは傘もささなくなったのでした。
それはそれはとても自由で、清々しい気分です♪
もちろん帰国してからというもの、
日傘もさしますし、雨が降れば傘もさすのですが、
今でもTPOに関係なかったり、少々の雨では傘はさしません。
オーストラリアでの生活を思い返しながら。
下着を隠すのは日本人の恥じらい?
ケアンズではほぼシェアハウスに住んでいました。
一つ一つの家に大抵広いお庭があり、物干し竿はこんな形をしています。
お布団や毛布だって折り曲げずに干せますし、
高さも調節できて、風でくるくる回るんですよ。
でもやはり共同生活なので、
私は大きなものを除いて、下着などの小物を中心にお部屋に干していました。
でもみんなの共同部分であるリビングにある室内干し用の物干しに、衝撃のものを発見!
ご、豪快に下着干すやん。。
※写真はイメージです。
そう、一緒に住んでいたヨーロピアンの女性たちは、
下着も普通の洗濯物と同じように外や公共の場に堂々と干していたのです。
もちろんそのシェアハウスには男性も住んでいましたが、
しかし、彼女達にはそんなことは全く関係ないのでした。
私は気になって「恥ずかしくないの?」と聞いてみましたが、
「まったく。なんで恥ずかしいの?」と聞き返されました。
そうだ、なんで私は身に着けてもいない、
干している下着を人に見られると恥ずかしいんだろう?
日本の恥じらいの文化なのか、それとも下着に対する考え方の違いからなのか。。
自分の身に着けた下着は大っぴらに人様に見せるものではない(←昭和)と心底思っている私は、
この一件でさすがに人前に下着を干しても大丈夫!とはならなかったのですが、
自分の”普通”の感覚を覆される、衝撃のできごとだったのでした。
自分の中の”普通”が覆される時、人は新しい世界への扉を開きます。
あなたは窮屈な自分だけの”普通”の世界に生きていませんか?
ちょっと踏み出すと、あなたの世界観を広げる素敵な体験へと繋がります。