ペンネーム「小梅」の由来と人生唯一の後悔

人生から受け取ったこと

2019年9月22日 更新日:

はてな

「なんでペンネームが小梅なんですか?」

と、ブログをご覧いただいた方で聞いてくださった方がいたので、
本日はペンネームの由来をご紹介したいと思います。

「小梅」は私の愛猫の名前です。

小梅

とても美人な猫でしょう?←親ばか

2009年に渡豪するまで働いていた「犬吉猫吉」というペット雑誌社で、
企画・営業として働いていたのですが、
その編集部では1日交替でスタッフがブログを書いており、
そのブログの名前をペットの名前にするという決まりがありました。
そこで私は「小梅」という名前でブログを書き出したのです。

その後オーストラリアのケアンズで働きだした時に、
会社内に同じ名前の女性がおり、
あだ名がないかと聞かれ「小梅」を使う事になり、
その後仕事と個人で長らく書いていたブログでも
「小梅」をペンネームとして使っていたので、
ケアンズに住んでいる人達からは本名よりも
ペンネームである「小梅」で呼ばれることの方が多いぐらいでした。

 

小梅は、私の友人が段ボールに捨てられていたと連れてきた猫でした。
私は28歳でオーストラリアに発つ前までは、犬猫業界におり、
専門学校は動物看護士コース」に通っていたので、
掌にのるサイズだった小梅を助けられるかもと連れてきてくれたのでした。

私は猫をそのサイズから育てたのは初めてでしたが、
その後スクスク育った小梅は、それはそれは暴れん坊の元気な猫へと成長し、
家の中を飛び回るようになりました。

「暴れん坊とは失礼ね~」

遠くへは行きませんが、
家から外にでることもすきだった小梅に避妊手術をしてからは、
ゆったりとした性格になり、身体も丸くなりましたけどね。(笑)

【楪 Yuzuriha】や、コミュニティの【暁 Akatsuki】には、
シドニーで知り合ったアーティスト『ITOKiN』の私の自画像を使っていますが、
私が個人のFacebookやLineでプロフィール写真に使っているこちらの「小梅」のイラストは、
私の陶芸の師匠である『落合崇秀陶房』の落合さんに描いていただいた原画です。
動物病院に掛けられている猫の絵を見て、その絵がとても素敵だったので、
クライアントの獣医師さんにどなたが描いたものかを聞いたのがきっかけでした。

その先生によると、何でも唐津の陶芸家さんで、気に入った猫しか書かないとのこと。
それなら是非とも描いていただきたい!と小梅の写真をメールと共にお送りしたのでした。

教えてくださった先生の情報では、3か月待ちはざらで、
中には1年も待っている人もいると聞いていたので、
気長に待っていようと思いきや、何とすぐに描いてくださるとのこと!
そして、福岡で展示会がある際にお声かけをいただき、
気に入った作品があれば買ってくださいとご連絡をいただきました。

そして一目惚れをして購入をしたのがこの陶板です!

「似てる?」

その表情や柄も良く似ていて、小梅らしさが出ている陶板だなと感じます。

2009年に日本を離れ、海外で生活をして家を長らく空けて帰宅すると、
小梅は最初は柱の陰から「私をずぅ~っと放っておいた。。」と無言の抗議行動。

家政婦はみたばりに潜む小梅

私が実家のソファーに座ってくつろいでいると、
本当は膝にのったり、触ったりしてほしいものの、
何かの意地があるのか、手の届くか届かない場所をうろうろ。
名前を呼んでも耳だけこっちに向けて知らんぷり。

でもやっぱり最後は触ってほしいと近くにきてくれる優しいこでした。

「遊ぶ?」

私がパッキングをしだすと、それを妨害するかのようにスーツケースの中で爆睡。
小梅さん、準備が進みませんけど。。(笑)

服にまみれてふて寝な小梅←あとは服が毛だらけ

大きな病気もなく、元気で居続けてくれましたが、
私が日本に帰国する事を決めた2015年の10月を越えた年末頃から
小梅が食べるご飯の量が減ってきたと家族から連絡が。

母と姉が病院に連れて行くも、原因がわからないとの事。
口の中に口内炎がある訳でもない、身体に異常がある訳でもないのになぜ?

母と姉は手を尽くし、通常はカリカリのキャットフードを食べていた小梅に、
好物や美味しそうな缶詰、ゼリー等を与えてはみましたが、
それでも頑として食べなかったそうです。

日に日に痩せていく小梅。
それを見守る家族はどれだけ辛かったことでしょうか。
私はその報告をきき、自分が持ってるありったけの知識を伝えましたが、
その後も母と姉がどんだけ試行錯誤しても食べ物を口にすることがなかったそうです。

もちろん、点滴で命を繋ぐことはできました。
でも私も、家族もそれはしたくありませんでした。
小梅がそう決めているのなら見守ろう、それが私達の答えでした。

2016年2月8日に帰国する事が決まっていた私は、
金銭的な理由と、その時の自分の状況でその前に帰国できずにいました。
何とか私が帰国するまで待ってほしい。
それが私の一方的な願いでしたが、小梅は1月11日に永眠。
家族に見守られて静かに息を引き取ったそうです。

母が「最期まで凛としていて、立派だった」と話してくれました。

亡くなる3日前の小梅

私は人生でたくさんの辛いことや失敗もありましたが、
それをその時に戻ってやり直したいと思う程後悔していることはありません。
やりたい事には挑戦し、すきな事もやってきました。
だから特に人生のある地点に戻ってやり直したいと思うことがないんです。

でもただ一つ言えることは、1月11日のこの日に、家族と小梅と一緒に居たかった。
もっと言えば、痩せていく小梅を、家族と一緒に見守りたかった。

その時は5年半のオーストラリアの生活を終える為の準備や、
その時お付き合いをしていた人との関係もあったので実現できませんでしたが、
この時に家に居ることができなかったことは、私の人生の中での唯一の後悔です。

姉は小梅が亡くなった後、私の為に小梅のアルバムをつくってくれました。
それは私がいない間に、姉が撮り続けてくれた小梅の物語でした。

私は今でも、このアルバムを見ると涙が止まらなくなるので、
いつもは目に触れないところにしまっています。
それはこれを見る度に毎回、自分の不甲斐なさと、
小梅と家族と最後の時を一緒に過ごせなかった後悔の気持ちが襲ってくるからです。

私のプロフィールのモットーにも
『明日死んでも後悔しない生き方を選択する』とあります。

これからは、そういう選択を常にできる自分で在り続けたい。
それを忘れないために、
私は今でも「小梅」をペンネームとして書き続けることにしました。

小梅

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小梅 koume

人と人、人とものごとを繋ぐカタリスト。 オーストラリアを中心に6年間の海外生活を送り、現在は東京を基盤にインバウンドメディアとインバウンド専門カスタマイズツアーを提供するJapan Travel K.K.で仕事をしています。 ブログを読んでいるあなたと共に人生を楽しみながら、#日常を輝かせるTipsを共有できるメディア創りを目指します。 人生禄を綴った「note」の記事はこちらから→ https://note.mu/mt_koume

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