2020年の振り返りと学んだこと・変えたこと

人生から受け取ったこと 日常のこと

2020年12月29日 更新日:

皆さん、こんばんは。
人と人、人とものごとを繋ぐカタリスト小梅です。

今朝もランニングに出ましたが、
同じ建物に住んでいる子ども達が元気に外で遊んでいました。
はつらつと挨拶をしてくれたので、朝から幸せな気持ちになれました♪

さて本日は、2020年度の振り返りをした上で、
この年を通して学んだことや、その変化についてご紹介したいと思います。

去年の今頃と年越し

去年の今頃は、年末に行なった健康診断で肺に影が見つかり
その影が何なのかわからない状態での新しい年を待つ不安を抱えたまま、
自分が肺結核になるかもしれない危険を顧みず一緒にいてくれたAとの年越しでした。

その不安の中で一人で過ごすようにお医者様に言われていた私は、
Aが一緒にいてくれたことで本当に心強い気持ちでした。

人に会わない2人で過ごす年末年始を過ごし、人生初の検査入院
そして結果は肺結核
そこから6カ月間という長い投薬治療が始まりました。

しかし、私たちはこの病気をきっかけに、
一緒に家族として生きるということを真剣に考えて、
Aが日本に滞在している間に結婚することを決め、それを実行しました。

仕事はコロナ禍になる前の12月から既に週2回出勤になっていたので、
副作用できつい時期も家で仕事をしながら乗り切ることができました。
最初の1カ月、特に最初に2週間は副作用で疲れやすかったり、
精神的に不安定になることもありましたが、
少しずつそれも落ち着いて2月からはいよいよ出張を伴うプロジェクトにも絡み、
動いていくぞーと張り切った矢先に右足首の靱帯を損傷

今までに罹ったこともない病気にかかり、
今まででしたことのないギブスを伴う怪我をする。
厄年より数段ひどい年明けです。。笑

年の始まりあたり

ギブスをして、松葉杖の生活になってからも仕事は続け、
ギブスをしている時に茨城県や和歌山県の出張にも行きました。

松葉杖を使う移動は本当に大変で、これ程道が遠く感じることはないですし、
こんなにも階段の上り下りに体力を奪われることはありません。
でも、この経験をしたからこそ、本当に多くの視点や気づきが増えました。
これは、五体満足だったら絶対に気づけていないことだったので、
私の大きな財産となりました。

こんな状態で仕事が続けられたのも、
会社の理解や同僚の支えがあったからですし、
何より道端や各所で助けてくれる道行く人の温かみを感じられました。
また、この足を怪我したからこそ、Aがイレギュラーに来日を決め、
その間にAの在留資格認定証書の申請を行なうことができたのでした。
この病気がなかったら結婚を今年はしていなかったかもしれませんし、
足を怪我していなかったら、Aの入国は今年中には実現していなかったはずです。
物事は本当に起こるべくして起こるとしか思えません。

ギブス生活は本当に不便でしたが、
Aがサンフランシスコから駆けつけてくれた上に家事などを手伝ってくれ、
無事にそれらを乗り越えることができました。
このことには本当に感謝しています。

そしてコロナ禍の状況が刻一刻と深まる中、
なんと私はその中で日本橋の家を離れることになり、
Aを待つ間シェアハウスに引っ越しをすることになりました。

足が本調子でない中、シェアハウスの3階の部屋に引っ越しをし、新たな生活を開始。
でもコロナ禍の中で複数の人が出入りするシェアハウスに住むことを
家族や友人全員がかなり心配しており、
私は短期間また日本橋に戻り、Aと住む新しい家を探すことになりました。

つまり、2月末から4月末の間に、
日本橋→本所吾妻橋→日本橋→板橋区と3回も引っ越しをしたのです。笑

やはり最大限気をつけるべきことは肺結核の上にコロナに罹らないようにすること。
それこそかなり危険なので注意は必要ですが、
その時でも他県への出張や打ち合わせには足を運んでいました。
もちろん最小限にしていたのですが、
周りの人には肺結核になったことを隠していたので普通に振舞っていたからです。

こうして、年度末の3月までは、正に怒涛の毎日を送っていたのでした。

4月から動き

年度末でほとんどのプロジェクトを無事に終えた私は、
4月からは自分の身体を治すことに専念し、
仕事を企画を練りながら、人との接点をできるだけ持たないようにしました。

世間的にも自粛ムードが高まっていた時だったので、
その状態でも全く問題がなかったのです。

仕事も2月からは完全リモートに移行しており、
必要な時だけオフィスに出るようになっていました。

しっかりと身体に向き合った為に調子を取り戻し、
右足首の調子が良くなっていった私は、
6月からは積極的に外出する機会を増やしていくようになりました。

そのタイミングで準備をしていたプロジェクトの実働が始まり、
福岡→上五島の出張が入ったのもこの頃です。

また、6月にはAが入国し、2人の新婚生活が始まりました。
2週間の隔離生活はかなりきつそうでしたが、
無事にコロナになることもなく日本での生活を開始することができました。

コロナ禍の状況で、私の仕事は本当にベストのタイミングでお声がかかり、
プロジェクトを一つ一つしっかり行なえるスケジュールで動けました。

また嬉しかったのは、以前からずっとやりたかった上五島のプロジェクトと、
沖縄でのプロジェクトを実現できたことです。
そして大好きな和歌山県と高知県とのプロジェクトも受け、
茨城県でも良いプロジェクトの動きがありました。
この状況下でとても恵まれていたと思います。
また、それらを実現した自分の自信にも繋がりました。

多くの学んだことと始めたこと

今年はコロナの影響で、多くの方々が自分と向き合い、
家族と向き合い、生き方を見つめ直したかと思います。

私はコロナ禍になる前から内観をする機会を設けていましたが、
急速に変わっていく世の中でどのように自分が在りたいか、
そして成りたいかについては改めてしっかり考え直しました。

また、今年の大きな変化の一つとして、
空いた時間を活用して、NetflixYoutubeを活用して、
新しい分野への興味・関心に広がりが出たと感じています。

以前からやりたいことが多くあり、
時間の合間で新しいことに挑戦していましたが、
今年は外出するのが難しくなっていく中で、
自分の中で模索した結果とも言えます。

一番ハマったのは『中田敦彦のYouTube大学』で、
これはインバウンドのメルマガで紹介されていた
ヴィーガンの動画でその存在を知ることとなりました。

そこから派生して、この動画を通して、
歴史、哲学、文学、宗教、偉人の紹介、アート等、
様々な分野に興味・関心が広がりました。

項目としては全く違う分野なのに、
それらは不思議と繋がっており、
それらの理解が深まると共に、
世界のバランスや歴史の流れ、現在の状況に至るまで、
点であったものが線となり、面になっていくのを実感できました。

また、長年ずっと向き合っていなかった”お金”についても学び、
自分のライフプランを見直すと共に、
保険を精査し、カードを整理し、
支出を最小限に減らし、ポイントをまとめる仕組み
を創りました。
また、投資を始めたのも大きな変化だと思います。

正に、学んで実行したことがそれぞれの理解に繋がり、
更に学びたい欲求が出てきたのでした。

『中田敦彦のYouTube大学』のコンセプトである
「学ぶって、楽しい」は、私の学ぶ意欲を新たに呼び起こしてくれました。
元々新しいことへの挑戦や、
自分の知らないことを知ったり、学んだりすることが大好きな私が、
外出が難しくなったことで人に直接会えなくなったり、
イベントに参加したりできなくなった時に
新たな視点を増やし、刺激を与えてくれました。
それは、私の本来持っていた興味・関心だけではなく、
そこから派生する様々なストーリーや、違う分野への扉を開けてくれたのです。

それは、私がやりたいことや、将来の展望を考える際のヒントにもなりました。

パートナーAとの時間

私たちは2年半近い遠距離恋愛を経て結婚し、
今年の6月からここ東京で新婚生活を始めました。

お互いに長らく自分で選んだ人生をマイペースに生きてきた為に、
それこそお互いの生活のリズムや考え方を合わせることに
摩擦が起こることもありましたが、
その一つ一つを後延ばしにせずに話し合ってこれたと思っています。

また、一緒に生活することで、家族としての多くの喜びを共有できました。
一緒に住む場所が決まったら結婚式をしようと話していましたが
この状況の中で結婚式をするのは難しいからと、
今年の8月にはウェディングフォトを一緒に撮影しました。

コロナの状況で集まるか否かの家族会議が繰り広げられた後に集まることを決め、
家族総出で本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。

Aの中でも今年1年で
結婚→退職→スイスからの引っ越し→結婚生活&仕事探し→就職&仕事始め等々、
変化の応酬であった中、私を支え、家族として大事にしてくれました。
そんなAを尊敬すると共に、心から頼りにもしています。

腹が立つことがない訳でもありませんが、それはAもきっと同じこと。
家族として過ごす時間を積み重ね、私たちの歴史を紡いでいけたらと思っています。

2020年という年

こうやって振り返ると、正に怒涛の年でした。

良いことも悪いことも本当にたくさんありましたが、
年末のこの時に自分が心身共に健康で、パートナーのAと過ごすことができ、
仕事も無事に今年の業務を終え、前向きな気持ちで2021年に臨めることは、
幸せの一言に尽きると思います。

私は酉年なので、3歩歩いたらものごとを忘れるという特技(?)があり、
その時に起こったことや苦労などは忘れ、
そのことを介して学んだことや、受け取ったこと、
それらの感動などがフォーカスされて残るというラッキーな性格を持っています。

正に、終わり良ければ総て良しです。笑

手相を見てもらうと、「結構人生で苦労してますね。」と言われますが、
どのことを言っているんだろう?とあまり思いつきませんからね。笑
確かに、ネタになるような経験はたっぷりあるので、
きっと自分が苦労と思っていないだけなんだと思います。

私は今の心持ちで、2021年に向かっていけることが楽しみでなりません。
それらのワクワク感を共有させていただくべく、
次の新年一発目のブログでは、2021年に挑戦したいことについて書きたいと思います♪

2020年という年は皆さんにとっても大きな変化のあった年なんじゃないでしょうか?
でも、皆さんが今このブログを読む余裕があるということは、
2021年に向かう力があるのだと思います。

2021年を皆さんと迎えることができることに感謝し、
皆さんにとって2021年という年が健康で幸せな、充実した1年となりますように!

小梅

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小梅 koume

人と人、人とものごとを繋ぐカタリスト。 オーストラリアを中心に6年間の海外生活を送り、現在は東京を基盤にインバウンドメディアとインバウンド専門カスタマイズツアーを提供するJapan Travel K.K.で仕事をしています。 ブログを読んでいるあなたと共に人生を楽しみながら、#日常を輝かせるTipsを共有できるメディア創りを目指します。 人生禄を綴った「note」の記事はこちらから→ https://note.mu/mt_koume

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